新卒広告サラリーマンのつぶやき

経済的な自由を求めて

【退職エントリ】新卒半年で大手広告会社を退社しました。【人生振り返りエントリ】

 

昨日会社を退職しました。

 

 

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みなさま、こんにちは。

 

本名は及川と申します。

 

 

 

私は昨日、人生の大きな転機を迎えました。

大学卒業後、新卒で入社した会社を”わずか半年”で退社しました。

この半年という期間をどう取るかは人によるかと思いますが、

大半の人はポジティブに受け取ってはくれないでしょう。

これからの人生でこの新卒半年で会社を辞めたということが、

足かせになるのかもしれません。

実際そのように数多くの人に言われましたし、親身になって相談に乗ってくださった様々な人生の先輩方からもう少し続けてもいいんじゃないかという、極めてまっとうなアドバイスをいただきました。

私自身も葛藤がなかったわけではありません。

 

私自身会社には一切の不満はありませんし(これはガチの本音です。とてもいい会社だったと思っています。)、特に周囲の人には大変恵まれました。

人間関係に非常に恵まれ、配属先の上司とも良好な関係性を築けていたと思います。

 

しかし、私は”退社”という道を選びました。

 

そのことについて自分自身の整理とともに振り返ってみたいと思います。

 

25歳とは一体何か。

 

私は2017年11月1日現在、25歳です。

1991年生まれで12月には誕生日を迎え26歳になります。

もしストレートで大学に入り新卒で就業していれば、大卒4年目。

世間の同世代は若手ながら社会人としての経験を積んでいるはずです。

人生やキャリアについて考え、転職などをするひともいるでしょう。

社会的に成功しているひともごく一部かもしれませんがいるはずです。

スポーツ選手であれば分野によっては引退しているひとだっています。

女性アイドルなら決して若手とは言われません。

そんな年齢が世間でいう25歳です。

もちろん若者ではあるものの、それなりの経験やスキルを積んでいるひともいますし、

分野によってはベテランと呼ばれたり、起業などを経て軽傾斜になっている方だって珍しくはないでしょう。

比較すれば若者ですが、混じりっけのない若者とも分類されがたい。

17歳がギターを始めてミュージシャンを目指すと言えば、まあがんばればっていう感じですが、

25歳が今からそんなことを言えば、頭おかしいのかと思われるでしょう。

 

可能性はないわけではないものの、夢から現実に向き合わなければならない年齢、それが25歳なのかもしれません。

 

まあ、人と比較すればキリがないわけないですし、上を見ればいくらでも上があります。もちろんニートや無職だっているでしょうし、本当に人によるとしか言いようがないですが、世間の感覚としての25歳はそんな感じです。

 

私は高校卒業後現役での大学受験に失敗し、予備校を経て大学に入りました。

1浪ではなく2浪です。

北海道で生まれ育った私はどうしても東京に行きたいという思いが強く、東京の私立・国立を中心に受験したのですが、どうにも受験勉強に身が入らない。

かといって妥協もしたくなかった私は受かりもしない上位国立・私立ばかりを受けつづけ、どこにも受からないという悪循環に陥っていました。

2浪時にはアルバイトに精を出した結果、秋まで受験勉強を一切しておらず非常に焦った私は家を飛び出し有名な家庭教師や受験アドバイザーを頼りました。

結果として慶應義塾大学に合格しましたが、もしここに受かっていなかったら本当にどうなっていたかわかりません。

おそらく高卒フリーターとして現在まで人生を歩んでいたことでしょう。

(まあどちらが本当に正しかったのかは入社半年で退職した今となってはわかりませんがw)

 

【ここまでの経歴まとめ】

 

1991年、北海道網走市にてオギャー

2010年、札幌の高校卒業後予備校に通うも中退、ニート

2012年、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)入学、晴れてニートから慶應ボーイ

 

大学に入って半年でニートと化す

SFCに入ったのはたまたまですが、この一風変わったキャンパスは私にとっては良い選択であったのだろうと思います。

個性豊かな仲間や起業家を輩出するSFCの価値観は世間の常識にとらわれない寛容さがあり、私のようなひねくれ者も受け入れてくれました。

ただ私は2年間ニートみたいなものでしたから、慶應大学に通う良識ある方々とはやはり様々な面で違いを感じていました。

結局、大学も会社同様半年で休学することになりました。

今思うとこのとき休学ではなく中退を選択するべきであったのかもしれませんが、当時の私にはその勇気はなかった。

そんなこともあり、今回はきっぱり退職という決断を選んだのですが、これもまた正しかったのかはわかりませんね。

結局長続きしない性格というのは事実だと思いますし、世間的にもこれからそのような人間だと見られるでしょう。

それはもはや仕方のないことですし、受け入れるしかありません。

 

再び大学時代の話にもどします。

 

同時期に親が退職することになり奨学金を借りて大学に行くことになるのですが、私自身も経済的な理由からアルバイトをすることになります。

これからはほとんど大学にも通わずアルバイトしていたので実質的にはフリーターです。

アルバイトは本当に色々しました。

これも長続きしないからというのもありますが、私自身色々な職種を経験して人生を模索したかったのです。

まず、休学していた頃に始めたのはパチンコ屋。

パチンコ屋に入ったこともやったこともなかったのですが、高額な時給と興味本位で働くことにしました。まあ、本当にすぐ辞めることになるのですが。

その後、コンビニ、出版社、テレビ局、塾講師、映像制作会社などなど。

色々な職種・会社を経験しました。

 

大学も一応入ったので何かしら学ぼうと研究室に入ることにしました。

SFCでは学年に関係なく研究室に入ることができるので、休学して1年生のままだった私ですが、

電子工学や脳科学などを研究する研究室に入ります。

 

【ここまでの経歴まとめ②】

 

2012年、大学休学

2013年、ただのアルバイターになる

研究室に身を置きながら夜は塾講師、深夜はコンビニ店員。サークルはいかなくなる

 

芸人を目指すし、大学生っぽいこともするし、就活もする

 

私自身、このころも人生について色々と考えていたんでしょう。

この後、マスコミ志望者向けの大学に長年ある養成機関の入所試験を受けることになります。

慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所(旧新聞研究所)です。

無事試験に合格し入所した私は広告系の講義を受講しました。

大手広告代理店の現役講師が担当する講義は非常に面白く、広告業界に興味を持つきっかけにもなりました。

同時にテレビ局でのアルバイトを始めました。

ずっと夢見てたテレビの中の世界を覗くことができ、非常に刺激的な経験となりました。

そんな中で大学から給付型の奨学金をいただくことになり、思わぬ大金が手元に残りました。

私は昔から夢見てたキャリアを歩むために決断しました。

それはお笑いへの道でした。

2014年、お笑い芸人になるべく太田プロダクションが運営する養成所に通うことになりました。

こうして大学では広告やメディア関係の講義を学び、ゼミではプログラミングをし、毎週火曜日は芸人養成所に通い、深夜にはテレビ局でアルバイトをし、というなんだかよくわからない日々を送っていました。

こういう興味本位で様々なものに手を出す性分はこのころから変わっていません。

おそらく私はプロフェッショナルになりたいと思う反面、パラレルキャリアを歩むことしかできないのだと思います。

決定的に私にかけるのは集中力。

受験勉強に身が入らなかったのもこれが原因であることは間違いないでしょう。

 

芸人養成所には非常に様々な経歴の人がいて、普通はできない経験ができました。

30過ぎフリーターのSさん、放送作家を目指すMさん、関西で野球のベストナインを獲得後大学中退したM、福岡のローカル芸人、電通内定東大生、高校卒業後上京して芸人を目指す青年、還暦まじかのおばさん、上智卒会社員、早稲田でお笑いをやっている学生、劇団に所属する慶應生、40過ぎのおじさん。

本当に様々なひとがいて、皆色々な思いを抱え芸人養成所に集まってきました。

 

私はというと結局のところ芸人になることはできませんでした。

芸人という夢を諦めた私ですがどうしても会社員というキャリアを考えられなかった私は、

起業を目指しプログラミングを学んだりビジネスコンテストに出たりしました。

しかし、もうすでに大学生活も終盤。

いつの間にか就活シーズンに突入し、私も周りに流されるようにマイナビに登録し適当に知っている大企業にエントリーをし始めました。

そもそもあまりやる気はなくOB訪問もしなかった私が就活をうまく乗り切れるわけもなく、

立て続けに失敗しました。

最終面接までは何社か進むものの、結局熱意もコミュ力も学生時代のエピソードも今一つな私はことごとく落とされました。

なので昨日までいた会社に内定を頂いた時は本当に嬉しかったのを覚えています。

結局内定は4社からいただきました。

株式会社産経新聞社、株式会社東北新社、株式会社電通クリエイティブクロス、株式会社電通テックの4社。

この中から私は一番私が憧れていた広告クリエイターの道を開けると考え、電通テックに入社することになります。

実は電通には大学3年次に中退して入ろうと思い入社試験を受けていました。

当時電通の募集要項に学歴に関する項目はなかったので、受験資格はあったのです。その時は2次選考まで進みましたが最後に大学3年生であることを突っ込まれ(半年休学していたので履歴書上は4年生)、見事落ちることになりました。常識で考えれば受かるはずも無いので面接官からしたら失礼極まりない学生だったのだと思います。

本当の就活の時にも電通は受けましたが、 OB訪問を全くしていないこと、志望動機が電通とは合わないことを突っ込まれ、すんなりと何の手応えもなく1次面接で落ちました。

 

そういう経緯もあり同じ広告グループ会社に受かった時は非常に嬉しかったのです。

 

 

【ここまでの経歴まとめ③】

 

2015年、コンビ解散。芸人を諦める

2016年、就活。苦節するも無事内定獲得

大学卒業後、六本木のバーにて働く。夜の世界と自分との不適合さから逃げ出す

2017年、新卒で広告会社に入社。やっと社会人としてのスタートラインに立つ

10月、スタートラインに立ったにもかかわらずわずか半年で退社するという道を選ぶ

 

25歳慶應卒元ニート、新卒入社半年で会社を辞める

 

さて、なぜ私はわずか半年で退社するという決断に至ったのでしょう。

世間で電通がブラックブラックと言われている昨今、グループ会社である以上私もそのことを覚悟して入社しましたが、あれだけ世間のバッシングを受けたわけで逆に労務管理は徹底されていました。

そもそも新入社員ですからほとんど業務もなく定時で帰ることも多かったですし、拍子抜けするほどの恵まれた環境でした。

配属された部署の上司や人間には非常に恵まれ、社会人として右も左もわからぬ私に親身になって指導してくださる先輩ばかりでした。

むしろ問題があるのは私のほう。

どうも思っていた業務内容とのギャップを抱えていた私は仕事に身が入らず、そのような姿勢が周囲に伝わっていたのだと思います。

 

私はそもそも大企業の会社員に必要なマインドセットを持ってはいませんでした。

小学生の頃からサラリーマンには向いてないだろうと感じていた私にとって、大きな組織の一員として働くこと、組織の意向やスピードに自分自身を合わせていくことに次第に非常に窮屈さを感じ始めました。

ネットで起業家や活躍する同世代の記事やブログを拝見するうちに次第に自分の本来的な気持ちに嘘がつけなくなり、本当にこのままでいいのだろうか?という思いにいてもたってもいられなくなりモヤモヤを抱えながら1日を過ごすことが多くなりはじめます。

新入社員ですから与えられる業務も決して難易度の高いものではなく、量的にも多くはありません。

そのことに対してもこのままの成長スピードでいいのだろうか?という焦りが強くなっていきました。

 

私はまぎれもない新入社員です。

日本において新卒という制度を導入している以上、ほとんどの文系総合職はポテンシャル採用となります。

技術職やデザイナー職を除いては皆一律に新卒として企業に染まっていない状態からスタートし、企業が時間をかけて使える人材に育てる文化が浸透しています。

もちろん日本を除いてはインターンが一般的で正規雇用される道のりは厳しいものがありますし、なんのスキルもない状態ではどこも雇ってはくれません。

そういう意味では日本の学生というのは非常に恵まれていますし、新卒という制度は企業に非常に負担のかかるものです。

何一つ会社に貢献していない状態で学びながら給料をいただける新卒社員というのは、非常に守られている世界的に見ても稀有な存在であることは確かです。

(もちろん新卒であっても即戦力人材を求めるベンチャーや社員を単なる使い捨ての労働力としてしか見ていないブラック企業は別です。)

 

そんな恵まれている環境にも関わらず、その環境を生かせず、結果として私は周囲の期待を裏切ることになりました。

そのことについては自責の念を抱えつつも、退職という言葉が現実のものになる前々から私は自分自身の人生について真剣に考えるようになります。

 

「明日死んでも後悔しないか?毎日鏡に問いもし3日続けてその答えがNOであれば、それは環境を変えるときなのかもしれない。」

 

私はスティーブジョブズ信者ではないですが、人生において常に自分の答えを探し続けた彼の姿勢には見習うべきものがあるでしょう。答えを探し続けることは非常に疲れますし、苦しいことです。

いっそのこと答え探しをやめて周囲に流されるように生き、思考を停止するほうがよっぽど楽です。

思考停止しないで寝るとき以外考え続けていると心も体も疲弊し、やがて人生すら嫌になることでしょう。

私もまさにそんな状態でしたし、そうやって命を落とす人だって決して少なくないと思います。

それでも考えることを止めないのはなぜでしょうか。

なぜ答えを探し続けるのか。

なぜ環境を変える必要があるのか。

今の環境で自分なりの生き方を模索することも一つの答えです。

環境を変えることがすべてでは決してありません。

 

それでも私は自分に嘘がつけませんでした。

 

他人に嘘をつくのは世の中をうまく生き抜く一種のテクニックです。

社会にはそのテクニックを全身にまとったプロフェッショナルがいっぱいいます。

ただそれは決して悪いことではないと思います。

世の中の物事を円滑に進める上で他者に嘘をつくことは悪いことではないのです。

優しい嘘で世の中は溢れているからこそ、傷を最小限に抑えながら世の中は回るのです。

 

ところが次第に人は自分に嘘をつくテクニックを身につけ始めます。

自分の本当にやりたかったことや進みたい道を偽り、自分の本来やりたいことは今やっていることなんだと思い込むようになります。

いつのまにか何が嘘であるかすら忘れ始めます。

なぜなら、そうしないと人は社会に適応しながら生きていけないから。

人はカメレオンほどではないけれども、大抵変化に適合するようにできています。

生きること、しかもより器用に生きることこそが人間の第一生存条件です。

人間が社会でうまく立ち振る舞うためには無益なこだわりなどは捨てるべきでしょう。

夢もプライドも投げ打って、従順に変化に適合しながら生きていく。

その中で忘れられない夢や偽れないこだわりだけは少しだけ残して、社会に適合する。

器用に生きるとはそういうことです。

人生の9を嘘ついても1は嘘をつかない。

その割合は人それぞれですし、器用な人ほどそのバランス感覚に長けていますから、うまく社会で生き抜く術を持ち合わせているはずです。

 

ただ私にとってはその1の嘘ですら、つくことができなかった。

不器用な私は自分に対して嘘はつくことはできません。

なぜならそれは命に対する冒涜、生命の尊厳に対する不敬だからです。

別に毎日全力で生きろ、とはいいませんし私も日々だらだらしている時間はあるわけですが、

嘘をついて生きた時間に対してはどうしても取り返しのつかないもったいなさを感じてしまいます。

人生における時間が無限にあるのなら話は別です。

ただ我々は非常に短い、一瞬しか生命を享受することができません。

よく人生は30000日だと言われます。

約81歳、だいたい日本人の平均寿命でしょうか。

普通に健康に生きることができたのならそのくらい生きられるかもしれません。

ちなみに生まれてから10000日は約27歳、つまり人生の3分の1。

私は現在25歳、もうすぐ26歳ですから人生の3分の1はしばらくすると、あっという間に過ぎるでしょう。

 

20歳の頃、私は生まれて初めてリアルな”死”を意識しました。

余命半年、もしくは数ヶ月。明日には死んでいるかもしれない。

リアルにそう感じたことがあります。

そのような状態からはかろうじて抜け出すことができましたが、命というのは幻想に過ぎないことを実感しました。

明日が来る保証などどこにもないのです。

余命半年も1年も80年も変わりありません。

赤ちゃんに余命80年であるなんて言わないように、余命半年の人も余命半年であるかなんて誰にもわからないわけです。

赤ちゃんも老人も皆、平等です。

いつ死ぬかなんて決して誰にもわかりません。

そういう意味では明日死ぬとしたら今日は人生最後の1日、ここ数年の日々は晩年であるといえるでしょう。

 

人間はいつ死ぬか、決してわからないのです。

だから、日々を懸命に精一杯、後悔しないように過ごさないとなりません。

決断するんだったら、1日でも早くしなければならないのです。

明日が来る保証は、決してないのですから。

 

 

 

いま人生に悩んでいて希望を見出せなくて、たまたま検索してこのブログにたどり着いたどこかの誰かさんへ。

 

 

世界を変えたいなら、今すぐ動け。

自分を変えたいなら、今変えろ。

やりたいことがあるなら、いまやれ。

行きたいところがあるなら、いますぐ行け。

そこに邪魔するものなんてない。

もしあるとすればそれは幻想だ。

幻想を抱く自分自身が邪魔者だ。

そんな自分はいますぐ捨てろ。

後悔なんてするな、選択肢なんて幻想だ。

選んだ道がすべて、他に道はない。

ひたすら前に突き進め、考えるな。

もし道が違っていたら、立ち止まれ。

正しい道を探すのを止めるな。考えるのを止めるな。

がむしゃらでいい、かっこわるくていい、みずぼらしくていい。

気持ち悪くていい、汚くていい、不器用でいい、失敗していい。

負けていい、ださくていい、下手でいい、非効率でいい。

何をしたって構わない、他人に合わせるな、他人の時間を生きるな、自分を生きろ。

人生は一度きりだ。

ブサイクでも、バカでも、貧乏でも、

イケメンも、インテリも、金持ちも、人生は一度きり。

運が悪くても良くても、成功しても失敗しても、それは同じだ。

人生で決まっているのは一つだけ。

生まれたからには必ず「死ぬ」ということ。それだけだ。

起きてクソして飯食って風呂入って寝る。

人間大して変わらない。

人と比較してなんになる。

モテる、モテない、愛される、嫌われる、器用、不器用、

優しい、冷たい、幸せ、不幸。

世間でどう思われるかは関係ない。

自分にとっての優しさ、自分にとっての愛、自分にとっての幸せ。

それがもし世間のそれと同じであれば、あなたはきっとこの上なく愛されるだろう、

優しくされるだろう、幸せになれるだろう、モテるだろう。

もしいま愛されなくたって、それは決して嘆くことではない。

自分では優しくしているのに冷たく思われるからって思い悩む必要はない。

世間と少しずれているだけ、それは決して悪いことではない。

きっとどこかにあなたを愛してくれる世界はある。

自分が愛せる自分を見つけろ。

自分が愛せる世界を探せ。

何も知らなくていい、必要なのは勇気と覚悟だけだ。

中途半端に生きるな、適当に生きるな、時間は命だ。

辛くてもきつくても苦しくても楽しめ。

楽なことはよっぽどつまらない、楽じゃないからよっぽど楽しい。

他人の価値観にとらわれるな、世間の常識を知るな、なりたいものを信じろ、

生きたい人生を生きろ、決めるのは誰かじゃない。

他人のおかげと他人のせいを勘違いするな、

誰かのためにを誰かのせいにするな、

常に自分で決めてきたはずだ、

他人に言われたからじゃない、

それも含めて自分で決めたんだろう。

笑われることを恐れるな、多数派になるな、聴衆を怖がるな。

他人を笑わせろ、人間はそのために生きている。

他人を悲しませるな、途中で他人を悲しませても、最後は笑わせろ。

長い長いフリだと思え、他人を絶望させるな、希望を与えろ。

可能性は無限だ、可能性を否定する奴はどうでもいい、可能性を信じろ。

人生を楽しめ、苦しめ、もがけ、泥臭く生きろ。

安定するな、不安定であれ。

安住するな、冒険しろ。

他人を否定するな、自分を肯定しろ。

自分を否定するな、世界を肯定しろ。

すべてを受け入れろ、変化に適合しろ、変化に溶け込むな、

他人色に染まるな、自分色に染めろ。

諦めるな、もがけ。死ぬまで。

 

 

どうして海賊になれるのに、海軍に入るのだろうか。

 

Why join the navy if you can be a pirate?

                                             

                                           -SteveJobs

 

 

 

人間は常に矛盾を抱える生き物です。

だからこそ葛藤し、日々思い悩み、苦しみ、もがきます。

私も退職を決めてから気持ちが揺れなかった日は1日もありません。

不安で眠れないこともありました。

今日も何度決断を後悔しそうになったか。

あんなに素晴らしい環境で、僕を優しく迎え入れてくれた上司、先輩、そして同期。

こんなにいい人たちに、これから自分が出会うことができるのだろうか。

そのような人たちを結果として会社員としての期待を裏切ってしまった私の至らなさ、

すべてを自分の中で肯定することなんてできません。

それでも、それでも決めた道です。

これからは決して安定した道ではないはず。

今日ですら私は軽くジャブを入れられ参りそうになりました。

それでも、人は生きていかねばなりません。

決してかっこいいものではなく、不器用でダサく、バカな野郎でしかないのですが。

 

 

電通博報堂の退職エントリでいうと有名なのはブロガーの「はあちゅう」、プロレスラーの「三富さん」、partyの「中村」さん、街角のクリエイティブの「西島」さん、などが挙げられますでしょうか。

 

私は電通ではなくその子会社ですし、上記の方々のように数多くの実績を上げてやめたわけでもないですから、このエントリには彼らのような反響が来るはずは決してないでしょう。

彼らのようにプロフェッショナルとして一つの分野でなにかを極めて成功する気配も今の所ないですし、(共通点がなに一つないので、そもそも上記に挙げなくてよかったのですが。)

 

 

もし今後、私がなにかしらの分野で名を上げて、この退職エントリに検索流入が増えたりした場合のことを考えて、「まるまる」の「まるまる」みたいなフレーズでいい感じの検索をしやすくできればいいなと思ってます。

 

というわけで、私は半年で広告会社を辞めて、作家になります。

映像も音楽も小説も全部含めて作家です。

メディアアートも作家です。

ビジネスも作品の一つなので、起業しても作家です。

 

以上、作家の及川が書きました、退職エントリです。

 

 

【SNSノススメ】いいねの数じゃない。情報発信とは自分が何者かを明確する作業

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関心を持たれることと価値があることは実はそこまで関係することではないと思うんですよね。

自分の中で明確に自分に価値、というか自信さえあれば他人にどう思われようと伝えたいことは伝えると思うし。

 

何より日本人特有の空気を読む的な行為はクソだと思うので、SNSでバンバン炎上しているホリエモンやイケハヤさんはとても素晴らしいと思う次第です。

 

 

あー、会社やめたい!

ブログ始めたんだけど、全然流入しないねってはなし

はてなではなく、完全独自ドメインでブログを始めて見た。

 

 

CRELIFE | why join the navy if you can be pirates?

 

 

一応、webマーケティングの仕事してるし、それなりにweb解析界隈のことは実践してるんだけど、流入がまじでほとんどない。

 

あってもおそらく自己流入がカウントされてる模様。

 

 

はてなでブログ立ち上げれば、はてなブックマークからの流入とかいろいろ可能性あるけどwordpress独自ドメインで人脈0から始めた場合、いったいどのくらいで検索流入とかあるわけ?

 

俺が特別少ないのか、それともある程度(100件)くらいの記事数書かないと、一切流入しないのか。

100件記事書いて、流入100なかったら泣くよさすがに。

せめて10000PVは欲しいなー。

10000万どころか、いま0だからね、まじで0

 

いったいブログを完全独立で始めたひとはどんな感じで流入増やしたのか、まじで教えて欲しい。

 

 

新卒3ヶ月目で転職を試みた結果、なんの手応えもなく落ちた話

どーも、新卒3ヶ月目で既に会社を宇宙一辞めたがっている僕です。

 

会社をどうしても辞めたくて、最近は転職サイトに登録したり、プチ転職活動をしておりました。

 

僕が会社を辞めたいと思ったのは入社式の後の社長の「お話」を聞いたときでした。

 

詳しくは伏せますが、明らかに自分が持っている価値観やキャリア展望とずれていたため、現時点で自分が居るべき場所はここじゃないなと思い、退社を決意しました。

 

しかし、そうはいっても貯金なし、給与所得以外なしの僕にある選択は、転職以外は現実的ではなく、会社に勤めながら、細々と転職サイトに登録することぐらいしかできませんでした。

 

といってもレクミーキャリアに相談しに行ったり、実際に企業に応募したりしていたのが5月あたりなので、退社の意思はかなり固いと言えるのではないかと思います。

 

そんな僕ですが、そもそも入社3ヶ月で会社を辞めたがっているわけで、会社勤め自体が向いていないのは明らかです。

 

運良く他者への転職が成功したとしても、おそらくなにかと「いいわけ」をつけて、長くは続かないことは目に見えています。

 

そんなことはもともと自分を分析してはっきりとわかっておりましたので、小学生の頃から「サラリーマンにはならない」と考えておりましたし、それ以外の道をずっと模索していました。

 

高校生の頃には僕のような社会不適合者は手に職をつけなければならないと思い、工学部や法学部などの実学分野への進路を考えておりました。

 

結局のところ、集中力0なので受験勉強が全く進まず、2浪して英語と小論文のみで入れる慶應義塾大学SFCに入学します。

そして、社会不適合な性質を遺憾無く発揮し、人間関係が崩壊し、引きこもりとなり、精神科を駆けずり回った結果、ASDであることがわかりました。

その上で一旦絶望し、なんとか僕が生きられる道というのを探しながら、大学生活を送るのですが、行動力もなく金も友人もない僕はぐだぐだ言い訳を頭の中で押し並べて、無為に時間を過ごしました。

結果、何もない25歳となってしまい、生きながらえるために就職する道を選びました。

 

というわけで、そもそも僕は就職することに全く向いていないのにもかかわらず、新卒きっぷを使い就職しました。

そして、全く向いていないのにもかかわらず転職活動をしております。

 

にもかかわらず、なぜ会社に依存し、生きようとしているのか。

ひとえにその理由は金でしょう。

世間体とか安定とかそんなものは全くと言っていいほど気にしておりません。

なぜなら僕に関心のある世間などというものは存在しませんし、会社にいても私は常に不安定な存在であるからです。

 

けれども、会社にいるとそこでしか得られない「経験」や「出会い」というものに遭遇します。

もちろん僕は社会不適合な存在ですので、一般的に得られるそれとはかなり違うとは思いますが、それでも家で引きこもっているよりは格段に大きな人生の糧になるはずです。

 

となると会社に所属するメリットというのは「金」以外にもあるわけで、それを知れたことは就職した意味になるのかなと思います。

 

そういうわけで、単に給与や世間体がいい企業ではなく、人生の一部を過ごす上で「経験」として得られるものを考えて、転職を試みておりました。

特に新卒入社した結果感じた違和感から、会社の持つ価値観がもっとも重要であると思っております。

その会社の進みたい方向性や考え方、特に創業社長のマインドはかなり大きいです。

もちろん自分が会社の社長であれば、自分と100パーセントマッチした環境を手にすることができるわけですが、自分で事業を起こす能力が現時点でないのなら、社長のマインドとの親和性はかなり重要度が高いと思います。

 

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イケダハヤトさんも絶賛しておりますが、メタップスの佐藤さんの「未来を先回りする思考」は多くの人が評価すること大の名著です。

僕はこの著書を読む以前からメタップスへの憧れが高まり、転職を試みたわけですが、この本を読めば誰しもが佐藤さんのカリスマ性や先見性に惹かれると思います。

 

僕は高校生辺りから授業に行くのもままならないほどの社会不適合感を発揮しており、ほとんどの時間を図書室で過ごしました。

そこで活字が苦手にもかかわらず様々な文献に触れた結果、メタバース(ネットワーク上のVR空間)が2017年ごろには一般的に普及すると考えました。

実際のところそこまで普及はしていませんが、その頃の未来予測はおおよそ当たっているかなと思います。

未来というのは過去の歴史をたどれば大まかには予測可能です。

たとえ予測が外れても、過去を誠実に紐解いていくことを怠らなければ、いくらでもやり直しが可能です。

そういう考えがあったので、大学では歴史のゼミに入ったのです。

まあ、ほとんど何も勉強しておりませんでしたが。

 

そんな思考方法を独自で私は編み出していたのですが、この本に描かれている佐藤さんの思考法も僕にかなり似ていると感じました。

また、僕は「金」によって行動を制限されていると感じ、歩みたいキャリアを十分に満足した形で選択することができなかった。

そういう意味でもメタップスが目指す「金にとらわれない経済圏」に強い共感を覚えましたし、この方の近くで、事業について学び、働いていきたいと考えました。

 

今振り返るとこのように思いを言語化できるのですが、私は対面コミュニケーションを非常に苦手としていることもあり、面談では全く伝えることができませんでした。

また、やはりメタップスはかなり急成長しているベンチャーであり、求める人材のスペックに達していなかったことも、大きいでしょう。

 

つまるところ、メタップスで働くことは叶わなかったわけでありますが、この会社が大きくなるのを今の会社から指を加えて見るのも、なんだか辛いものがあります。

まあ、ゆくゆくは会社というシステム自体、全く意味をなさないものになるので、会社に受かった落ちたで一喜一憂する必要もないでしょうが。

 

そういうわけで、新卒3ヶ月目で転職を試みた結果、なんの手応えもなく落ちたわけですが、だからといって今の会社に留まり続けることは、僕の精神を相当蝕むことになり、いうなれば寿命を減らします。

 

人生の貴重な時間を消費するならば、納得のいく場所で、人生を費やすに値する価値を価値を生み出さなければならない。

 

全くもって今後のキャリア展望が白紙に戻ったわけですが、模索する時間も限られています。

 

今思うのは、空から1億降ってこないかなという、経済的自由の獲得願望です。

経済的な不自由さほど人の独創性や想像力を蝕むものはないでしょう。

タップスには金から人間がもっと自由になって、満足いく人生を送れる日を早く実現して欲しいです。

 

とりあえず今現在の最重要マターは、金と欲にとらわれ、ついでに自分の脳みそにもしばられ、人間には見放される僕が、よりよいライフを送れる選択と行動をすることでしょう。

 

 

人間はある程度の確実性を未来に信じて生きているらしい

今、3歳児がプロ野球選手を目指して野球を始めたとする。

 

彼の夢はプロ野球選手だ。

 

まだうまく振ることすらできないバットを一生懸命持ちながら、未来のイチローを目指し始めた。

 

ところで彼が大人になる頃にプロ野球選手という職業は存在するのだろうか。

 

なんてことを彼や彼の両親は考えることはない。

 

考えたからといって、彼が野球を辞めることはない。

 

彼はプロ野球選手になるために野球をやっているのではなく、野球が好きだからそうしているのだ。

 

 

 

人間は誰しも夢中になれたもの、好きだったものを抱えて生きている。

けれども、現実という壁を目の前にして、理想の自己実現とは異なる道を歩む人がほとんどであるらしい。

 

そこにはある程度の確実性を信じて大企業に行けば安泰だとか、まあいろいろ考えて、進路というものを決める心理があるらしい。

 

私はこの確実性というものを一切と言っていいほど信じていなかった。

というよりも、ほとんど何も信用していなかったし、今も信用していない。

自分のことすら信用していないから、明日何を考えているかもわからないし、自分の行動には常に不安が伴う。

早く人工知能に最適な意思決定を委ねたいとすら思っている。

そこで死を選ぶのが最適だと言われても、おそらく信じることはないだろうが。

 

ある程度の確実性というものを信じているから、人は頑張れるのだと思う。

将来なりたいものや、目標があり、それに向けて計画を立て、実行する。

これこそが人間が自己実現を行う最善かつ最効率な手段である。

その目標に疑念を抱いたりはしない。

抱いても、それに対してはある程度の意思で思考停止あるいは思考の外に外す。

 

でなければ、人は目の前のものに集中することができなくなる。

これをもしかしたらADHDというモノに分類するのかもしれない。

 

私は常に疑っていた。

世界を。未来を。

 

疑えば疑うほど、目の前の現実に集中できなくなり、常に思考を未来に置いて考えてしまう。

そもそも未来に有益になりえないと判断したモノには、一ミリも労力を払いたいと思えなかった。

有益かどうかはその時にならないと判断できないのであるが。

普通はそう考え、とりあえず思考を停止させて実行を行う。

人間とは実に器用で、うまくできた生き物だと思う。

 

私はそれがどうしてもできず、なにも集中できず、何も実行できなかった。

 

けれども幸か不幸か、気まぐれとハッタリでなんとかここまで生きることができた。

 

私が予測していたであろう25歳の未来が、今目の前にある。

 

私は私が予測していた未来を体現できているだろうか。

そもそも私が予測していた未来とはなんだったのか。

不確実性に塗れた未来は、そもそも存在などしなかったのではないだろうか。

 

それでも私は今を疑っている。

今を疑い、未来を予測しようとしている。

未来のために、今を過去にできない不器用な私が、今もいる。

たいていの場合、人の行動と思考はおそらく比例している。

 

今を基準に考える今的思考の人の行動は今に起点がある。

そういう人は得てして行動力が高いように思う。

そして行動力が高い人の中には大成功する者、大失敗する者どちらも存在する。

いわゆる成り上がりタイプ、ヤンキータイプである。

 

未来を基準に考える未来的思考の行動は未来に起点がある。

このタイプにはふた通りいて、未来に向けて今を着実に実行できるタイプと、

未来を疑い、今を疑いすぎるため行動が常に遅れるタイプだ。

前者は自分が規定した未来を疑わず、ある程度仮説として信じることが意識的にできる。

たとえ未来が自分の仮説とは異なっていても、修正し、行動を正しながら実行を着実に行う。

一方で後者は常に未来の予測を行い、頭の中で修正に修正を重ねながら、実行動は何も進んでいない。

これがADHDというモノの実態ではないかと私は思う。(思ったりもする。)

 

最後は過去を基準に考える人だが、これについては語る必要はないだろう。

過去の歴史的事実を基準に未来を予測するという者でない限り、このような者に未来はない。

自分の過去を基準にいくら考えても、そのさきにあるのは自分の過去にすぎない。

過去から脱却しなければ、今まで生きてきた自分の過去をなぞるだけの未来が、そこには待っている。

 

 

確実な未来、確実な今、確実な過去。

どんな確実があったとしても、確実は現実にならない限り、不確実である。

考えている確実は、すべて幻想と言える。

現実となった確実でさえ、その次の瞬間にはすべて過去となる。

過去は確実ではなく、人によって不確実に変容していく。

過去の確実を証明することなど、人には不可能なのだ。

 

私は幸か不幸か、確実な未来を進むことも想像することもできない。

常に不確実な道を選び生きていくしか道はないのだろう。

今ある全てが私にとって不確実である。

人もモノも金も、なにもかもが。

私という不確実な存在は、未来においても確実を伴うことはない。

その意味で私はずっと透明であるのだと思う。

私にできることはおそらく、透明であるがゆえ、確実の土壌に誰しもが乗った時に、声高々に不確実の可能性を叫ぶこと他ならない。

私が何故生まれてきたかを考えれば、私にしかできない確実なことが見えてくる。

 

 

 

 

 

そしてこんなことを考える。

 

人間がある程度信じている確実性というモノに、幸せの何かがおそらく含まれているのではないかと。

メタバースへの投資が今後、急加速するというかなり期待値の高い予測

 

 2017年、clusterがDeNA、エイベックスから資金調達を行った。

 

jp.techcrunch.com

 

 

 

clusterは端的に言うとネットワーク上のVR空間、いわゆるメタバースである。

 

メタバースとしては約10年、セカンドライフというサービスが話題になったことを覚えている人も多いだろう。

 

結局のところ、セカンドライフは定着することはなかった。

 

セカンドライフにはUI/UX的な問題やサービス自体の不具合も多く、決して一般ユーザーが必要とするものではなかったことが普及に繋がらなかった要因であろう。

 

当時、電通慶應義塾大学トヨタなどが一二を争うようにセカンドライフに投資した。

 

新しい技術・サービスに対する過度な期待が外れた一例であるが、だからといってこれ自体が「メタバース」への可能性を下げるものではない。

 

当時はメタバースというものがタイミング的に必要な時期ではなかったというだけに過ぎず、またセカンドライフというメタバースの一サービスが流行らなかったという事実だけが、この出来事からわかることである。

 

そして、その急先鋒として私はclusterが爆発的に流行るのではないかと思っている。

理由としては以下。

 

1.clusterは人口密度の高い有限空間を形成する

 clusterはメタバースであるが、セカンドライフやマインクラフトのようにほぼ無限の空間というわけではない。

主にプレゼンテーションを行うような教室や、アイドルがライブを行う舞台のような比較的狭い空間に、目的意識の持ったユーザーを集めるサービスである。

セカンドライフであればほとんど制限なく無限とも言える空間を行き来することができるので、ユーザー同士が交わる頻度が少ない。

そして目的が特にあるわけでもないので、どこかに終結することもない。

ユーザーと関わることでコミュニケーションが生まれ、イベントが発生する。

世界における生きがいの本質であり、それは現実でも仮想空間でも変わらないことだ。

無限の空間でユーザーとの関わりもなければユーザーはその世界に次第に飽きてしまうだろう。

その点clusterではプレゼンを見る、アイドルのライブを観るといった目的やユーザーとの接触がある。

同一の目的を持ったユーザーと視覚的に接触できるというのは、現実世界でファン同士が集まるオフ会に近く、ユーザーのメリットは大きい。

DeNAが投資していることから考えれば、showroomのようなサービスと結びついて、アイドルのライブ会場でユーザー同士が交流をするという現実世界のコミュニケーションを、cluster上で行うことも可能だろう。

clusterがエンターテイメントでのイベントやビジネスでの会議をネットワーク上で代替してくれると考えれば、市場価値は大きいはずだ。

 

2.経営者含む経営メンバーのレベルが高い

これはサービス自体の評価ではないが、サービスが流行るのには欠かせない重要な要素であると思う。

実際にお会いしたことはないがCEOの加藤氏やそれを支えるメンバーの経歴を見る限り、ぽっと出のスタートアップとは全く異なる飛び抜け方をすることは想像に難くない。

特に加藤氏の京大大学院中退からの経歴はドラマとしても非常に魅力的であるし、彼の非凡な才能、技術力や人間性を表している。

 

image.itmedia.co.jp

 

 

幾らサービスやアイデアが良くてもそれをクオリティの高い形にし、世の中に広める力がないとなかなか世の中に広がることは難しいだろう。

逆にメンバーや人間の能力が高ければ、期待値は大きい。

思考や行動のフレームワークがずば抜けてさえあれば、人間は汎用的に突出することができるし、逆も然りである。

 

 

 

メタバースは今後、急加速して人々の生活に溶け込むだろう。

 

そもそもwordwidewebというのが二次元上のhttp://からはじまるwebページに止まっていること自体が不自然である。

 

ネットワークと言っているわりにただの文字情報、動画情報の二次元空間での連結で終わってしまっていてはネットの可能性もくそもない。

 

インターネット上のショッピングモールという言葉からは本来、現実世界の商店街のような三次元的な空間を想像できたはずだ。

 

しかし、いまやその言葉から想像できるのは「楽天」になってしまっている。

 

あのようなただPV数を稼ぐためだけに、わざとわかりにくく回遊させるようにしているとしか思えないUIのwebサービスが今後も残り続けることにはかなり疑問である。

 

というか、気持ち悪いな、2030年に楽天があったら未来に失望だな。。。

 

 

 

 

そもそもなぜ今、二次元のwebページが主流であるかといえば、それはデバイス側の問題が大きいだろう。

 

画面という二次元デバイスでアクセスしているのだから、webページが二次元なのは必然的な流れである。

 

であれば、まずデバイス側の変化が起こるはずだ。

 

幼少期、有機ELの存在を知った時は数年以内に画面は全て自由自在に持ち運べて曲げたり折ったりすることができるようになると思っていたが、最近の報道を見るにそれはどうやら有機ELに対する過度な期待だったかもしれない。

 

今後、画面デバイスは画質的な進化と物理物質的な変化を加速させると思われるが、世の中の流れは8Kなどの画質的な進化への期待値のほうが大きいようだ。

 

物理物質的な進化を遂げるには有機EL以外の新たなアプローチも起こりうるだろう。

 

現在、メタバースにユーザーがアクセスするもっともUXの高い手法はVRによるものだろう。

 

VRゴーグルで視覚的にアクセスすることで、メタバースを視覚的に味わうことが可能だ。

 

ただ最終的にはBMIをネットワークにアクセスする試みが広がり、脳とメタバースは完全に統合されるはずだ。

 

BMI(ブレイン・マシン・インターフェス)は現在、非侵襲型のデバイスが主流である。

しかし、脳と完全に統合するには侵襲型デバイスの開発が求められる。

 

もっともそれは手術などの外科的な行為を必要とするものでなくてはならない。

 

 

 

オキシトシンなどの脳の前頭葉前部に影響を与える投薬とBMIをうまく組み合わせ、半侵襲的な仕組みによって、現実世界とほとんど変わらない感覚をメタバース上で体現することはいずれ可能になるだろう。

 

まさにマトリックス20世紀少年もしもボックスのような世界であるが、現実として不可能ではないし、それが人類を救う唯一の方法になり得るというのが私の10年来の持論である。

 

 

 

 

 

なぜ世界をもうひとつ創らなければならないのか?

 

 

大学の講義である教授が言った言葉が印象に残っている。

 

「みなさん、職業に貴賎はないっていうでしょ。いや、職業に貴賎はあるんですよ。」

 

教授が言った意味はいくら職業に貴賎はないとキレイゴトを並べても、社会は学歴や職業、会社で判断することが多いという社会のリアルを表すつもりで述べたのだろうし、私もそう解釈した。

 

教授が東大法学部卒の官僚でHarvardでMBAを取得した大学教授という社会的に立派な職業所持者であることとはもちろん関係がない。

 

その言葉で教授の人間性を疑うものはおそらくひとりもいなかったし、事実、非常に人柄のいい人間的にも立派な教授だった。

 

慶應大学にはその社会的信用性を巧みに利用する学生が多く、その後も名だたる企業に所属しそのブランドを最大限に発揮し、巧みに社会を生き抜く人間がほとんどである。

特に名だたる企業に入るとその信用性を利用しない手はないし、利用できるものはすべて利用するのが賢い人間であることはもっともだ。

 

なので、「職業に貴賎はある」という言葉は社会という存在との関係性を考えれば、妥当な言葉であると思う。

 

それでも、私は職業には貴賎はない、という意味を考えたい。

 

正しく述べれば、少なくとも職業と貴賎は直接的に結びつかない。

正しくは貴賎の目的語は職業ではなく、社会になる。

社会の中に貴賎という概念が含まれているのだ。

もちろん職業は社会的な役割を指すので、

職業に貴賎はあるも、社会という大きな枠組みに貴賎があり、

社会に職業は含まれているので、正しいといえば正しい。

なので、私が言いたいことを正しく述べれば、

「職業(という社会的役割(を担っている人間単体)に貴賎はない。」である。

 

社会という概念は頻繁に使われる割に実態が見えにくく、

ぼやぼやしているが突き詰めて考えれば人の集合体であり、人の考えの集合体だ。

その中には様々なノイズ(に見えるもの)が存在し、人間の目に靄をかける。

目を正しく養えば本質が見えるのだけれど、大抵の人はノイズに左右され

実態のある形を見ることはできない。

 

私は高校卒業した後ニートであり予備校生であり引きこもりでありニートであった。

社会的に思われている私はそういう役割である。

実際に社会的な人々から私は「排除」され、そういうものとしての扱いを多分に受けた。(という私の偏見が入っているが、実態とは異なる)

そんな私が慶應義塾という大学に入ると、社会的に「慶應義塾大生」になった。

私が想像していた以上にその名前には影響力と社会的価値があるかのように、社会的に扱われた。(もちろん、価値はない。)

ただ同じ大学の中では当然のごとく同じ共同体であり違いはないので、そのような扱いはなく、通常の社会と同じようなノイズで見られることとなる。

例えばコミュニケーションの取り方や挨拶、外見、喋りの面白さ、スキルの高さ、表情、その他もろもろの現れる要素。

そのような目で見ることのできる要素で人はその人が何を考えているのかを類推し、判断する。

楽しそうな人には人近づき、不満そうな表情の人からは人は離れる。

当然のことだ。

人間はそのひとの外見や言葉、現れる何かで判断するしかない。

では、果たしてそれが本当に正しい判断なのだろうか。

いろいろな要素から判断した、「人」が本当にあなたが考えている「人」なのだろうか。

 

「この人は一体何をかんがえているのだろう。」

そんなことは現れているものをいくら見てもわからない。

なぜなら、現れている要素は全てノイズでしかないからだ。

人間の本質はそこには存在しない。

本質なんてものがあるのかどうか、それを疑うものもいるが、

本質なんてものの存在は明らかだ。

誰が何を考えているか、一体どういう人間か。

自分の中の自分とじっくりと向き合えば答えはおのずとでる。

生半端なじっくりではない。

考えに考え、突き詰めて考えればそこまで苦しまなくとも、はっきりと実態の伴った自分が見えてくる。

 

ほとんどの場合、ガワでしか人間は判断ができない。

何故か。

当然、ガワでしか考えていないからである。

自分のガワで考えに考え、要素を分解し、その先を見ようと試みても、ガワしか見えるわけがない。

ガワで考えると、ノイズしか見ることはできないのだから、ノイズを材料として判断せざる得ない。

そういう意味ではノイズがどのようなものか、非常に重要なのだが(社会を器用に生き抜くには)、全体で考えれば社会にノイズが量産されていく一方である。

社会全体がノイズで溢れかえれば、ノイズを高めるためにガワで考える人を量産し、やがて本質のない社会となる。

もはやそれは社会とはいえない。

社会としてなんとか形付いているように見えるものが、靄だらけの姿となり、やがて靄となり、消滅するだろう。

 

具体的に言えば、あらゆる面において人は人を許容できなくなる。

自分では理解不可能なもの、自分とは異なるものをカテゴライズし、他者との間に境界線を築く。

それは新たな社会を生むことになるが、加速度的に分裂に分裂を続け、社会は個人の集合体から、個人と個人がただ「いる」だけとなる。

誰も社会の一員ではなくなる。

誰しもが生きづらい、「社会」となる。

 

本質は誰しも一緒である。

突き詰めればわかるが、同じなのだ。

どんなに脳に障害を抱えていても、

どんなに頭が良くとも、それは変わらない。

考えていること、は一つしかない。

それはここで言語化することはできない。

言語化できないものは何一つなく、言語化できていないとすれば、

それは理解できていないこと、という見方もあるだろう。

それを全く否定するつもりもないが、

ここで書くことはできない。

 

とある殺人犯がいる。

自分と関係のない人々をトラックではね、ダガーナイフで次々と刺した。

罪のなき命が数多く奪われた。

止めに入ろうとした警察官が犠牲となった。

犯行の動機は、「何もかもが嫌になった」だそうだ。

当然、犯人は最高裁で死刑が確定した。

 

果たして彼の考えていることがわかるだろうか。

彼のことを許せるだろうか。

被害者の二度とない人生を身勝手な理由で奪った彼を。

何の落ち度もない被害者たちの家族の気持ちを考えて、

許すことなどできるだろうか。

 

残された彼の両親や、被害者遺族はどのように生きていけばいいのだろうか。

彼らの人生に希望はあるのだろうか。

そして、彼、本人の人生に。

 

許せないのは当然の感情であるし、許せとは誰も言わないだろう。

 

しかし、別の見方をすることはできる。

 

世界にある砂の数は一体幾つだろうか。

砂場ではなく、砂一つ一つである。

おそらく、ほぼ無限に違いない。

その中に星型の砂はいくつかあると思うか。

「ある」と思う人が大半ではないだろうか。

 

もっとマクロに考えてみる。

目の前にコップがある。

このコップは量子の集合体でできている。

量子は最小単位の実態のある要素だ。

通常は決して肉眼では見えることのない速度で飛び回っているのだが、

偶然私たちの目の前に見える瞬間だけ、その場にとどまりコップを形成している。

次の瞬間には分裂して消滅するかもしれない。

もちろん、常識的に考えてありえないことではあるが、決して0ではない。

そして、この瞬間にコップとして我々が見ていることも逆に考えれば、

決して0ではない確率の末に存在する結果にすぎない。

無限とも言える数ある量子が、このような偶然を形成する確率は、

0ともいえるような確率なのだが、その現実を我々は目撃している。

 

人間は無限には存在しないが、人間自体が量子の塊であることを考えれば、

その存在・行動・考え、すべては0ではない確率の中から生まれている存在である。

次の瞬間にはスターバックスでコーヒーを飲んでいるあなたが、車にひかれて死んでいるかもしれないし、バッタになっているかもしれないし、総理大臣になっているかもしれない。

ありえないと直感的には思うが、車にひかれて死んでいる確率は相当ありえる話だ。

 

言いたいことはだいたい理解できたと思う。

 

では、そういう極めて低い(と同様の確率で幸せな日々をきづいている人々が思っている)確率で「絶望」に飲み込まれてしまった人々を救うことはできるのであろうか。

社会のありとあらゆるノイズを取り除き、すべての絶望を消すことはできるか。

当然、不可能である。

人間は神ではない。

超人はいない。

社会問題、個人問題、ありとあらゆる諸問題をすべて解決することはできない。

けれども、このありとあらゆる問題のはびこったノイズだらけの世界から逃れることはできる。

逃れることは死ではない。

死の先には世界は存在しない。

絶望は自分自身の生にあるのではなく、常に世界に存在する。

たとえ自分自身の生に不満を抱き、絶望していたとしても、それはガワの話である。

ガワの存在しない、世界に行けばいい。

ガワの存在しない世界は、テクノロジーが現実世界に作ることを許してくれる。

 

世界を創ったのは神なのかもしれない。けれども、世界のノイズを創ったのは人だ。

世界は決して最悪でもなければ、最高でもない。

素晴らしくもなければ、美しくもないし、汚れてもいない。

ノイズがそう、見せているだけだ。

だから、テクノロジーで新しい世界を創ればいい。

ノイズのない、本質だけの世界。

本質には争いは存在しない。

差が存在しない。

差が存在しなければ幸福も不幸も、もちろん存在しない。

そんな世界の何が楽しいのか、と思うかもしれない。

で、あればまた新たな世界を創ればいい。

ノイズに満ちた世界を。

それを好むのであれば、創ったって構わない。

世界はもう一つではない。無限に存在する。

無限と思えるぐらい、ありとあらゆる世界を創ることをテクノロジーは許すだろう。

それに対してネガティブな見方をする人も多いと思う。

けれども、絶望よりはマシではないか。

世界はよくなければならない、世界の紛争を無くす努力をしなければならない。

そんな言葉で世界が変わるのであれば、絶望は存在しない。

 

世界を変えるより、世界を創る。

絶望を希望に変えるより、絶望から逃れることを考えろ。

絶望に効く薬は、希望ではない。

絶望のない世界だ。

 

 

 

 

 

 

人生の密度

僕は 1991年生まれ、25歳。

 

もうこの歳になると25歳という年齢以外に共通点はないほど、

ひとは変わっていく。

 

成功しているもの、失敗しているもの、平凡なもの。

様々な人生があり、ドラマがあり、結果がある。

 

成功している人は、それはそれは羨ましい。

すごいよ。

 

失敗している人は、それはそれで羨ましい。

だって、数多くの挑戦をしてきたんだから。

すごいよ。

 

平凡な人は、すごく羨ましい。

平均的な幸せの中には、友達や収入やいろいろな平凡と君が思っているすべてがつまっている。

すごいよ、すごく羨ましい。

 

でもね、25歳っていうとそこそこ長いよね。

人生50年の国なら、人生の半分は終わったよね。

70歳から75歳の5年と20歳から25歳の5年は違うからね。

何をやってきたか、何を感じてきたか、どういうひとと関わってきたか、

それってすごくすごく重要だと思うんだ。

 

だから、25歳にして、空っぽの人生を歩んできていることが、

一番嘆かわしいことだよね。

人生の濃度はそんなに変えられることじゃない。

25歳にして何ももっていないんだ、僕は。

お金とか人間関係とかそういうことももちろんあるけれど、

そうじゃない。

経験の濃度が圧倒的に薄すぎる。

 

だから、いま、すごく絶望してる。

取り戻せない時間を、取り戻そうと必死に悩んでいる。

いったい僕は、この数年間、いや10年、なにをやってきたのだろうか。

何を考え、生きてきたのだろうか。

 

お金も知識もスキルも教養も経験も言葉では語れないすべてがぽっかり。

ぽっかりだ。

僕にはない。

 

小説家になりたい、そう思った17歳。

でも、描くものがない。だから東京に行こう。

そう思って東京を目指した。

東京に行くまで2年かかった。

村上龍のようにその2年に描くほどの経験はなかった。

だから、大学に入って得よう。そう思った。

けれど、大学に入ってからの数年は、東京にいない頃の

数年と同じだった。

僕は引きこもりだった。

僕はニートだった。

僕は、普通の人間じゃなかった。

 

そして今、普通の人間になろうとして会社に入った。

でも、僕はそもそも違った。

側はなんとなく同じだったけれど、側だけだった。

だから、僕に普通は通用しないんだと思う。

世の中の普通は、普通の人間ようにできているのだから。

 

僕は25歳。

5年間、僕は20歳。

5年前と同じことを僕は書いています。

5年前と同じことを僕は考えています。

5年前と同じように僕は絶望しています。

5年前と同じように会社(大学)を辞めれていません。

ここに意味はないのに。

これから僕はどのような人生を歩むのでしょうか。

きっと想像と同じでしょう。

その想像が外れますように。

それだけが唯一の希望です。

 

変えたい。

僕を変えるのは、結局僕しかいない。

変わらないという想像が、

きっと変わりますように。

 

変えるには、何かを変えるしかない。

独学に必要な集中力について思うこと

独学の重要性

 

独学スキルは人生においてかなり重要だと思う。

どのくらい重要かというと人生の成功不成功を左右するくらい重要だ。

基本的に人間は独学でスキルを習得する。

人に教えられているようで、自分で習得しようとしない限り、自分で身につけない限り、何も身にはつかない。

分野によって向き不向きはあるにせよ、独学は人間誰しもができることだ。

例えば受験勉強。

受験勉強は基本的に独学だ。

参考書を読んで自分で暗記して勉強をすると言ったいわゆる独学から、

予備校に通って勉強するスタイルまで、

勉強スタイルは様々ではあるものの、すべて自分で習得しなければならない。

予備校に通うだけで、自分で復習をしなければ学力があがることはないだろう。

予備校に通うメリットは勉強習慣のライフスタイル管理が大きい。

自己管理までできれば、完全に独学でいいのだが、多くの人はなかなか難しい。

できるひとにとっては予備校は独学の手段に他ならない。

すべてを自分の力で行うのではなく、一部を道具を用いて代用する。

独学が得意な人は、どんどん道具をもいることができる。

 

全ては独学

これは何も勉強だけにとどまらない。

スポーツも楽器も基本的には全て独学である。

独学というのは「すべて一人で行う」のではない。

人という手段を用いて、自分が習得しやすいように勉強するのも独学だ。

だから、基本的には何かしらのスキルを身につけようとするとき、全ては独学でしかない。

もちろん、そこに人に教えてもらうこともあるだろうが、それは良い教材を用いるに他ならない。

スクールに通うのも、自己管理という独学の一部をより質の高い学びのためにゆだねることだ。

 

独学に必要なもの

と、ここまで独学について思うことを書いた。

いわゆる一般的な「独学」とは異なることは多だろう。

しかし、本質においてスキルを身につけることは、独学が意味することのそれである。

自分で学ぼうとしないもの、学ぶことができないものは、何かを身につけるのはむずかしい。

では独学に必要なスキルとは何か。

これは人間多かれ少なかれ誰しもが持つ「集中力」である。

集中力が多量にあれば、あるいは普段はそこまで高くなくとも、過集中する能力があれば「スキル」の習得はたやすい。

たいていの人は向き不向きがあるのでスポーツの習得はたやすくとも、勉強は全くできないとか、ゲームはプロ並みにできても楽器は難しかったりする。

けれども、集中のフレームワークを器用に扱うことのできる人はたやすく東大に合格し楽器もスポーツもでき、仕事もバリバリこなせたりするものだ。

あるいは集中が万能ではなくとも、一分野には秀でたスキルを持ち成功するものもいるだろう。

そこまで集中がずば抜けてなくとも普通の集中力があれば本を読むことも楽器を弾くこともいずれはできるようになる。

 

集中のないさまよう人たち

しかし、全く何のスキルも身につけることができず、世に放たれるものもいる。

俗に言う注意欠陥多動性障害ADHDの人々だ。

彼らは集中ができない。

社会的な集中しなければならない状況が極めて苦手だ。

かといってどうでもいいときにまわりが見えなくなる。

これがうまい具合に過集中として得意なことにフィットすればいいのだが、

なかなかそうもいかない。

過集中を発揮し、スキルを構築できれば成功を手にできるが、

たいていの彼らは単純に集中できない、社会不適合なひとだ。

彼らは楽器も思うように習得できないし、本も満足に読めず途中でやめてしまう。

文章を書いてもすぐに放棄し、ブログも続かない。

とにかく続けることが苦手である。

 

そして私もこの集中できない人に当てはまる。

なぜなら、もうこの文章を書くのが嫌になっているからだ。

読まずに捨てた本はたくさんある。

開設したままになったブログも星の数ほど。

何かビジネスを始めようとしてそのままにしたアイデア帳。

書きかけのソースコード

つくりかけのDTMのファイル。

買ったまま放置の電子ドラム。

5年間曲ひとつ引けずに終わったギター

問い合わせしてそれっきりの習い事、スクール、就職支援サービス。

すべてが中途半端で、手を出しては見るけれど最後まで完結したことがない。

私の小学6年生の頃の目標とする4文字熟語には

「徹頭徹尾」、そう書いてある。

一度も徹頭徹尾、完結させたことはありませんよ。

ただいただけで卒業できた大学、高校や、

辞めるの一言が言い出せなかった部活は除く。

満足に集中して取り組めたものはない。

唯一あるとしたら、絵だ。

小学生の頃、絵ばかり描いていた。

楽しかったな。

けれど美大には結局行かなかった。

行かなかった時点でその道はないのだろう。

けれど、なんだこのモヤモヤは。

会社員全然集中できないぞ。

 

集中できないノイズ

これはあくまで言い訳。

多分脳内のワーキングメモリーが少ない。

少ないから不安や心配があると、一切集中ができない。

私がここ10年ずっと集中できない心配。

それは金だ。

やりたいことをするには金がいる。

金がいるから働かないとならない。稼がないとならない。

でもそれはやりたいことじゃないから集中できない。

そんな感じ。

なんて社会不適業者なんだろうか。

本当にやりたいことならお金関係なしにやるのにね、普通は。

でも、それができない。

金で頭がいっぱいになり、全然集中できないのね。

これが甘えかADHDか、まあ、どちらでもいい。

私はそういう人間なのです。

非常に不器用な社会不適合者。

私が適合できる場所と金、そうねせめて1000万。

今日もまた金のことで頭がいっぱいで、頭の集中を邪魔します。

 

なので、今日は金のことを集中して考えています。